対象
問い直しの習慣を身につけたい人
書いている人
megumish
5年以上プログラマーをしています。趣味で様々なデジタル上でのモノ作りを行っているほか、プログラミング競技の一種であるCTFというコンテストに何度か出場した経験もあります。
ミラパブでは、プログラミングや課題研究等に関する内容を、主に教えています。
「つまらない風景写真ばかり撮るな」、「もっと人を撮りなさい」
高校時代の記憶
僕が高校生の頃、写真部に入っていた時によく顧問にこのようなことを言われました。
その頃の僕は全く内気で、そんなことを言われても困るばかりでした。
そのときはこんなことを思っていたのだと思います。
・つまらない風景写真ばかり撮るなと言われても、外で堂々と写真を撮るなんて恥ずかしくて仕方ない。
・もっと人を撮りなさいと言われても、ただでさえ友達のいない自分が人を撮るなんてできるはずがない。
でも今思うと、内気な僕でもできたことはあるんじゃないかと思います。
「問い直し」
それが何かというと、先生の言葉を一度自分で「問い直し」をしてもう一度考えることです。
つまり、「つまらない風景写真ばかり撮るな」という言葉に向かって、僕は「じゃあつまらなくない風景写真もあるんじゃないか?」と問い直して「本屋に行くと風景写真だけが載った写真集なんてものもある」という考えに至ることができたはずです。
そうすれば、僕は「人を撮らなくても心惹かれる風景写真を撮れる」ことに辿り着けたはずです。
「もっと人を撮りなさい」というのも同様に、「なぜ人を撮ると良いのだろうか?」と問い直し、「人を撮ることで情景や心情の思い浮かぶ写真になる」という考え、「じゃあ、必ずしも友達の写真じゃなくても、家族の写真でも情景が思い浮かぶものであればよかった」と考えることはできたはずです。
実際に自分が写真部で最後の方に撮った写真には今は亡きおじいちゃんと実家の犬の写真が穏やかに過ごす情景の思い浮かぶ一枚がありました。
実はこの写真部の話はミラパブで中高生の部活動を支援していたときにも軽く話した内容であり、今回はそれを文章にしてみたいなと思い書き直していました。
そして、僕はこのエピソードを書き直している時にこんな「問い直し」をふいにしてしまったのです。
「なぜ、自分はそこまで写真部の活動に対して真剣になれなかったのか?」
当時を振り返ってみると、僕にとってはここまで考えなければならないほど、写真部の活動は真剣なものではありませんでした。ましてや深刻に考えうるほどでもありませんでした。
実際、当時の僕は「学校のクラスでは孤立ぎみ」、「頭の良い兄への強い劣等感」、「人生で8度目の心臓外科手術」など様々な課題を抱えていたからです。
つまり、写真部の課題に対して真剣になれなくても不思議ではなかったのです。
『じゃあ、わざわざ過去のことに対してこんなふうに「問い直し」なんてして得られるものがあったのか?』
たしかに、「思い出してみると仕方なかったといえば仕方なかった」、「今更考えたってどうにもならない」と考えることもできます。
一方で、これを僕は人生の具体的なシミュレーションの練習として活用することができると思うのです。
自分の人生で体験したことは、少なくとも当時の自分の感覚まで含めて振り返れるという点では、他人から聞いた話より具体的です。
その時の心情も「あぁ、あの時は人と外で話すことすら恥ずかしかったな」などとありのままに思い出すこともできますし、わざわざ物語化されたり美化されたりして伝えられることもありません。(ただし、物語化や美化は自分で思い出す際にもそうしないように気をつける必要はありますけどね!)
「まとめ」
過去は変えることができませんし、変えるべきだとも別に思いません。
ですが、このように別の考えをするための思考の練習として使うことができます。
そういう意味でも、この「問い直し」を現在のあなたの生活や仕事に限らず、過去の自分に対してもしてみてはいかがでしょうか?
以上、「問い直し」のススメでした。